日本のお金の歴史/第 7 回
1946 年、預金が引き出せなくなった。物価が上がったからなのか、別の理由か?
物価が上がって起きることと、命令で引き出しが制限されることを分け、預金を支えているものを確かめる

1946年、日本では、銀行に預けたお金を自由に引き出せなくなりました。戦争が終わった直後で、物の値段も急に上がっていた時期です。では、物価が上がると、預金は引き出せなくなるのでしょうか。
第5回では、書かれた額が同じでも、買える量は変わることを見ました。第6回では、お札が支払いに使えるのは、法律の定めによることを見ました。この回は、預金を別の視点から見ます。そのお金を、引き出せるかどうかです。
「インフレが進むと、預金封鎖が来る」。そんな話を耳にすることがあります。根拠として持ち出されるのが、1946年の日本です。物価が急に上がるなかで、預金を自由に引き出せなくなりました。では、物価が上がると、預金は引き出せなくなるのでしょうか。
1946年に、何が起きた?
1946年2月、政府は2つの命令を出しました。金融緊急措置令と日本銀行券預入令です。どちらも、議会で話し合って決めた法律ではありません。政府が先に出し、あとから議会に認めてもらう形の命令でした(勅令といいます)。日本銀行は、その中身をこう説明しています。
- 5円以上のお札は、銀行などに預けなければならない(当時は5円や10円もお札でした)
- 預けたお札は、それまでの預金と一緒に、自由には引き出せないようにする(封鎖)
- 引き出せるのは、生活費や事業に使うお金などに限り、銀行は新しいお札で渡す
これが、いわゆる「新円切り替え」です。新しいお札を順に出すまでの間は、古いお札に証紙という紙を貼って、新しいお札の代わりにしました。
日本銀行は、この措置の目的を、戦争の直後に進んでいたインフレーション(インフレ)を止めるため、と説明しています。手元のお金や預金を自由に使えなくすれば、買い物に回るお金が減り、値上がりを抑えられると考えたのです。物価が上がって自然に引き出せなくなったのではなく、物価の上昇を抑えようと、政府が命令で引き出しを制限したのでした。
預金の封鎖には、もう一つの面がありました。同じころ政府は、財産の多い人に一度だけかける税(財産税)を準備していました。預金を封鎖しておけば、誰がいくら持っているかを確かめられ、税を取りやすくなります。研究者は、封鎖にはこの意味もあったと分析しています。
財産税で集めたお金は、戦争中にふくらんだ国の借金を減らすのに使う計画でした。ただ、実際には、その大半が、国の毎年の支出の足りない分を埋めるのに使われました。
物価が上がると、預金はどうなる?
物価が上がっても、預金が引き出せなくなるわけではありません。減るのは、同じ金額で買える量です。第5回で、明治の紙幣と米で見たとおりです。
1946年からの数年間は、引き出しの制限と物価の上昇が重なりました。預金の封鎖は1948年まで続きました。研究者は、終戦から4年余りで卸売物価が約65倍になり、預金の実質的な値打ちは失われたとまとめています。引き出せない間に、その預金で買える量も大きく減っていったのです。
銀行がつぶれたときと、何が違うの?
預金が引き出せなくなる場面として、銀行がつぶれる(破綻する)ことを思い浮かべる人もいるでしょう。破綻は、銀行が預金を払えなくなることです。1946年は、国が命令で引き出しを制限したことでした。止まる理由も、止める側も違います。
今の日本には、預金保険制度があります。銀行などが破綻したとき、預金を決まった範囲で守る仕組みです。どこまで守られるかは、預金の種類によって違います。
ただし、預金保険が守るのは、銀行が破綻した場合です。国が引き出しを制限する場合のための制度ではありません。
引き出せるのは、何が支えているから?
第1回で、お金を見るときの問いを3つ挙げました。その3つ目は、「その状態を、誰がどうやって支えているか」です。この問いを、預金について考えてみます。
ふだん預金を引き出せるのは、銀行が払い戻すと約束していて、引き出しを制限する決まりが無いからです。そのうえで、銀行が破綻して約束が守られなくなったときに備えて、預金保険があります。
1946年に変わったのは、引き出しを制限する決まりのほうでした。そのときは、政府が先に出す命令で、その決まりを作りました。今の憲法は、人の財産をどう扱うかは、国会が作る法律で決めると定めています。そのため、今の日本で預金の引き出しを広く制限するなら、政府の命令を先に出すのではなく、国会で法律を作る必要があると考えられます。
引き出しが制限されたのは、昔の日本だけではありません。2001年のアルゼンチンでは、国が借りたお金を約束どおり返せなくなったときに、銀行の預金口座が封鎖されました。2013年のキプロスでは、銀行の危機のなかで、現金を引き出せるのは1つの銀行につき1人1日300ユーロまでとされました。2015年のギリシャでも、銀行が休業し、引き出せる現金は1日60ユーロまでになりました。ユーロは、ヨーロッパの多くの国で使われているお金です。1946年の日本は、戦争が終わった直後でした。この3つの国は、どれも戦争の直後ではありません。銀行や国のお金への信頼が大きく揺らいだときの措置です。
「預金封鎖が来る」と聞いたら、何を確かめる?
ここで見た例はどれも、戦争の直後か、銀行や国への信頼が大きく揺らいだときのものでした。ふだん預金を引き出せるのは、銀行の約束があり、引き出しを制限する決まりも無いからです。ただ、預金保険があっても、「銀行に置いておけば、何があっても大丈夫」とまでは言えません。そして、日本でまた起きるかどうかは、これらの例からは決められません。
何がそれを支えているのかが分かっていれば、「預金封鎖が来る」といった話を聞いたときに、次の3つを聞き返せます。
- その話は、残高、買える量、引き出せる条件のどれの話か。
- 引き出しを制限するなら、どんな法律で、誰が決めるというのか。
- 1946年や外国の例と、どの条件が同じで、どの条件が違うと言っているのか。
話の続きが、別の商品にお金を移す勧めになっていることもあります。移すかどうかを決める前に、この3つを一つずつ確かめる時間はあります。
今日の研究結果
物価が上がるだけでは、預金が引き出せなくなることはありません。減るのは、同じ残高で買える量です。1946年に預金が自由に引き出せなくなったのは、物価が上がって自然にそうなったのではありません。日本銀行がインフレを止めるためと説明する措置として、政府が命令で引き出しを制限したからです。同じころ準備された財産税を取りやすくする意味もあった、と研究者は分析しています。ふだん預金を引き出せるのは、銀行の約束があり、引き出しを制限する決まりが無いからです。預金保険があっても、何があっても大丈夫とまでは言えません。一方で、日本でまた起きるかどうかは、過去の例からは決められません。何が支えているのかが分かっていれば、聞いた話を自分で確かめ、どうするかを自分で決められます。

