財部(たからべ)教授のお金の研究室

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財布を忘れた夜から、クレジットカードは生まれた?

よく知られた誕生の話を、当事者の証言と同じ時代の資料で確かめる

2026年10月13日に公開約7分で読めます

「財布を忘れた夜」がクレジットカードの始まりだという話は、本当でしょうか。会社の説明、取材記事で紹介された当事者の本の記述、同じ時代の公的な報告を比べます。私が真偽を決めるのではなく、資料の説明が食い違うところを確かめます。

クレジットカードの始まりとして、よく語られる話があります。

1949年、ニューヨークの実業家フランク・マクナマラは、レストランで食事をしたあと、財布を忘れたことに気づきました。その場は妻が代わりに払ってくれました。マクナマラは二度とこんな思いをしたくないと考え、現金を持たなくても食事ができるカードを作ったといいます。これがダイナースクラブというクレジットカードの始まりだ、という話です。

覚えやすく、誰かに話したくなる話ですが、本当にあったことなのでしょうか。資料を読んで確かめてみます。

会社自身は、どう説明している?

まず、アメリカのダイナースクラブのサイトを見てみます。今も「財布を忘れた夜」の話が載っています。

サイトによると、1949年にマクナマラが財布を忘れたときは、妻が代わりに払いました。翌年の1950年2月には、仕事の相手であるラルフ・シュナイダーと同じ店を訪れ、紙でできた小さなカードで支払ったといいます。この支払いは「ファースト・サパー(最初の夕食)」と呼ばれ、多くの店で使える世界で最初のカードにつながったと説明されています。最初の1年で、会員は1万人になり、使える店はレストラン28軒とホテル2軒になったそうです。

このように、会社は「財布を忘れた夜」の話を、実際にあった出来事として紹介しています。

最初の広報担当者は、どう説明している?

ところが、最初の広報担当者の説明は、会社の説明と食い違います。

ダイナースクラブで最初に広報を担当したマティ・シモンズは、1995年に出した本で、財布を忘れた夜の話を作ったと書いています。カードを世の中に知ってもらうために、その始まりを華やかに見せる必要があった、という説明です。

本のこの部分を紹介しているのは、2017年にシモンズを取材した記事です。その記事には、作り話がその後数えきれないほど繰り返され、今もダイナースクラブのサイトに載っている、と書き添えられています。

会社は「財布を忘れた夜」の話を今も事実として載せていますが、最初に広めた本人は、自分が作った話だと書いています。同じ出来事について、二つの資料の説明が食い違っているのです。

ただし、私はシモンズの本そのものは読めておらず、取材記事で紹介された内容までしか確かめられていません。今回読んだ資料だけでは、どちらが本当かは決められません。確かめられたのは、この有名な誕生の話について、少なくとも当事者の一人が「自分が作った」と書いていることです。

ダイナースクラブのカードは、何が新しかった?

話の真偽とは別に、同じ時代の資料から確かめられることもあります。

1968年に、アメリカの中央銀行にあたる連邦準備制度の作業部会が、クレジットカードについての報告をまとめています。そこには、ダイナースクラブより前にも、後払いで買えるカードがあったことが書かれています。

時期 カードを出した店・会社 誰が、どこで使えたか
20世紀のはじめ 一部のホテル 常連客が、そのホテルで使えた
1914年ごろまでに 大きな百貨店、ガソリンスタンドのチェーン カードを出した店やチェーンの中で使えた
1947年 鉄道会社、航空会社 その鉄道や飛行機で旅行するときに使えた
1949年 ダイナースクラブ レストランで使えた。のちに旅行や娯楽にも使えるようになった

カードを見せて後で払う仕組みは、ダイナースクラブより前からありました。 新しかったのは、1枚のカードを、別々の多くの店で使えるようにしたことです。

別々の店で使えるこのカードでは、ダイナースクラブが会員に代わって店に代金を払い、あとで会員にまとめて請求しました。店とのお金の流れを調べた経済学者の研究によれば、店は売上の7%を手数料としてダイナースクラブに払っていました。1950年代から60年代のはじめにかけて、ダイナースクラブの収入のおよそ7割は、会員ではなく店の側から入っていました。

この手数料を、店はなぜ払ったのでしょうか。ダイナースクラブのページによると、最初の会員はニューヨークの実業界でよく知られた人たちで、店はそうした客のために月ごとの請求を受け入れたといいます。店が払った売上の7%は、そうした客に来てもらうための費用だったと読めます。

ダイナースクラブができた年についても、資料の説明を比べてみます。連邦準備制度の1968年の報告では1949年、店とのお金の流れを調べた研究では1950年とされていて、1年ずれています。ダイナースクラブのページには、財布を忘れたのが1949年と、カードで初めて払ったのが1950年2月という説明はありますが、会社ができた年そのものは書かれていません。どちらの年を始まりと数えるかは、資料によって違うのです。

「最初のクレジットカード」も、資料で違う

「最初の」という言葉も、資料によって指すものが違います。

連邦準備制度の1968年の報告では、現在につながる銀行のカードの最初は、1951年にニューヨークのフランクリン・ナショナル銀行が始めたものとされています。一方、現在のVisaは、自社の歴史の始まりを1958年としています。バンク・オブ・アメリカが「アメリカで最初の、消費者向けのクレジットカード」を始めた年です。

この二つの説明は、どちらもまちがいとは言い切れません。「現在につながる銀行のカード」と「アメリカで最初の、消費者向けのクレジットカード」では、探している「最初」が違うからです。どんなカードを含め、誰が出したカードを数えるかで、答えが変わります。

財部教授の30秒チェック

「〇〇の始まりは、こんな出来事だった」という話を見かけたら、次の3つを確かめてみてください。

  1. その話を語っているのは誰か。当事者か、会社か、研究者か。
  2. その話を、最初に書いたのは誰か。いつ書かれたものか。
  3. 同じ時代の、ほかの資料と食い違っていないか。

今日の研究結果

「財布を忘れた夜」の話を、会社は今も事実として紹介し、最初の広報担当者は宣伝のために作ったと本に書いています。今回読んだ資料だけでは、どちらが本当かは決められません。

一方、同じ時代の資料から、カードを見せて後で払う仕組みはダイナースクラブより前からあったと分かります。ダイナースクラブの新しさは、1枚を別々の多くの店で使えるようにしたことでした。ただし、どのカードを数えるかによって、「最初のクレジットカード」の答えは変わります。

よく聞く話でも、そのまま受け取らず、誰がいつ最初に語ったのかを自分でたどってみると、話の見え方が変わることがあります。

教授のコメント

次に「〇〇の始まりは、こんな出来事だった」という話を見かけたら、まず出典をたどってみてください。その話を最初に書いたのは誰でしょうか。

出典

  • Diners Club International「The Story Behind The Card」(アメリカのダイナースクラブのサイト)。1949年にマクナマラが財布を忘れ妻が払ったこと、1950年2月に Major's Cabin Grill で紙のカードで払い「First Supper」と呼ばれたこと、最初の1年で会員1万人(「New York's business elite」)・「this select clientele」のために月ごとの請求を受け入れたレストラン28軒とホテル2軒になったことを確認。2026-10-13に本文確認
  • Claire Tsosie「Meet the man who sold the world on credit cards」(NerdWallet の記事、The Christian Science Monitor 転載、2017年2月15日)。シモンズが著書(1995年)で、宣伝のために始まりを華やかに見せる必要があり、財布を忘れた話を作ったと書いていること、その話が今もダイナースクラブのサイトに載っていることを、編集部注の記述で確認。記事は NerdWallet がシモンズ本人に話を聞いて書いたもの。シモンズの著書の原文は読めていない。2026-10-13に本文確認
  • Federal Reserve System Task Group「Bank Credit-Card and Check-Credit Plans」(1968年7月。ダラス連邦準備銀行 Circular 68-172 に同封)。20世紀のはじめのホテル、1914年までの百貨店とガソリンスタンドのチェーン、1947年の鉄道と航空会社のカード、1949年のダイナースクラブ設立(レストラン向けで、のちに旅行・娯楽へ)、1951年8月のフランクリン・ナショナル銀行のカードを「現在の銀行カードの最初」とする記述を確認。2026-10-06に本文確認
  • David S. Evans, Richard Schmalensee「The Economics of Interchange Fees and Their Regulation: An Overview」(カンザスシティ連邦準備銀行の会議論文集、2005年)。ダイナースクラブが1950年に、多くの店で使える最初のカードを始めたこと、店が取引ごとに7%を払ったこと、会員の年会費が3ドルだったこと、1950年代から60年代初めに収入の約70%が店の側からだったことを確認。2026-10-13に本文確認
  • Visa「About Visa」。「Our journey begins in 1958, the year that Bank of America launched the first consumer credit card program in the U.S.」と書いていることを確認。2026-10-13に本文確認(2026-10-06に確認した usa.visa.com のページはこの URL へ転送される)

本文の制度の数値は 2026-10-13 に確かめたものです。改定されることがあるので、申込や手続きの前に公式の記載をご確認ください。

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