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財布を忘れた夜から、クレジットカードは生まれた?
よく知られた誕生の話を、当事者の証言と同じ時代の資料で確かめる

「財布を忘れた夜」がクレジットカードの始まりだという話は、本当でしょうか。会社の説明、取材記事で紹介された当事者の本の記述、同じ時代の公的な報告を比べます。私が真偽を決めるのではなく、資料の説明が食い違うところを確かめます。
クレジットカードの始まりとして、よく語られる話があります。
1949年、ニューヨークの実業家フランク・マクナマラは、レストランで食事をしたあと、財布を忘れたことに気づきました。その場は妻が代わりに払ってくれました。マクナマラは二度とこんな思いをしたくないと考え、現金を持たなくても食事ができるカードを作ったといいます。これがダイナースクラブというクレジットカードの始まりだ、という話です。
覚えやすく、誰かに話したくなる話ですが、本当にあったことなのでしょうか。資料を読んで確かめてみます。
会社自身は、どう説明している?
まず、アメリカのダイナースクラブのサイトを見てみます。今も「財布を忘れた夜」の話が載っています。
サイトによると、1949年にマクナマラが財布を忘れたときは、妻が代わりに払いました。翌年の1950年2月には、仕事の相手であるラルフ・シュナイダーと同じ店を訪れ、紙でできた小さなカードで支払ったといいます。この支払いは「ファースト・サパー(最初の夕食)」と呼ばれ、多くの店で使える世界で最初のカードにつながったと説明されています。最初の1年で、会員は1万人になり、使える店はレストラン28軒とホテル2軒になったそうです。
このように、会社は「財布を忘れた夜」の話を、実際にあった出来事として紹介しています。
最初の広報担当者は、どう説明している?
ところが、最初の広報担当者の説明は、会社の説明と食い違います。
ダイナースクラブで最初に広報を担当したマティ・シモンズは、1995年に出した本で、財布を忘れた夜の話を作ったと書いています。カードを世の中に知ってもらうために、その始まりを華やかに見せる必要があった、という説明です。
本のこの部分を紹介しているのは、2017年にシモンズを取材した記事です。その記事には、作り話がその後数えきれないほど繰り返され、今もダイナースクラブのサイトに載っている、と書き添えられています。
会社は「財布を忘れた夜」の話を今も事実として載せていますが、最初に広めた本人は、自分が作った話だと書いています。同じ出来事について、二つの資料の説明が食い違っているのです。
ただし、私はシモンズの本そのものは読めておらず、取材記事で紹介された内容までしか確かめられていません。今回読んだ資料だけでは、どちらが本当かは決められません。確かめられたのは、この有名な誕生の話について、少なくとも当事者の一人が「自分が作った」と書いていることです。
ダイナースクラブのカードは、何が新しかった?
話の真偽とは別に、同じ時代の資料から確かめられることもあります。
1968年に、アメリカの中央銀行にあたる連邦準備制度の作業部会が、クレジットカードについての報告をまとめています。そこには、ダイナースクラブより前にも、後払いで買えるカードがあったことが書かれています。
| 時期 | カードを出した店・会社 | 誰が、どこで使えたか |
|---|---|---|
| 20世紀のはじめ | 一部のホテル | 常連客が、そのホテルで使えた |
| 1914年ごろまでに | 大きな百貨店、ガソリンスタンドのチェーン | カードを出した店やチェーンの中で使えた |
| 1947年 | 鉄道会社、航空会社 | その鉄道や飛行機で旅行するときに使えた |
| 1949年 | ダイナースクラブ | レストランで使えた。のちに旅行や娯楽にも使えるようになった |
カードを見せて後で払う仕組みは、ダイナースクラブより前からありました。 新しかったのは、1枚のカードを、別々の多くの店で使えるようにしたことです。
別々の店で使えるこのカードでは、ダイナースクラブが会員に代わって店に代金を払い、あとで会員にまとめて請求しました。店とのお金の流れを調べた経済学者の研究によれば、店は売上の7%を手数料としてダイナースクラブに払っていました。1950年代から60年代のはじめにかけて、ダイナースクラブの収入のおよそ7割は、会員ではなく店の側から入っていました。
この手数料を、店はなぜ払ったのでしょうか。ダイナースクラブのページによると、最初の会員はニューヨークの実業界でよく知られた人たちで、店はそうした客のために月ごとの請求を受け入れたといいます。店が払った売上の7%は、そうした客に来てもらうための費用だったと読めます。
ダイナースクラブができた年についても、資料の説明を比べてみます。連邦準備制度の1968年の報告では1949年、店とのお金の流れを調べた研究では1950年とされていて、1年ずれています。ダイナースクラブのページには、財布を忘れたのが1949年と、カードで初めて払ったのが1950年2月という説明はありますが、会社ができた年そのものは書かれていません。どちらの年を始まりと数えるかは、資料によって違うのです。
「最初のクレジットカード」も、資料で違う
「最初の」という言葉も、資料によって指すものが違います。
連邦準備制度の1968年の報告では、現在につながる銀行のカードの最初は、1951年にニューヨークのフランクリン・ナショナル銀行が始めたものとされています。一方、現在のVisaは、自社の歴史の始まりを1958年としています。バンク・オブ・アメリカが「アメリカで最初の、消費者向けのクレジットカード」を始めた年です。
この二つの説明は、どちらもまちがいとは言い切れません。「現在につながる銀行のカード」と「アメリカで最初の、消費者向けのクレジットカード」では、探している「最初」が違うからです。どんなカードを含め、誰が出したカードを数えるかで、答えが変わります。
財部教授の30秒チェック
「〇〇の始まりは、こんな出来事だった」という話を見かけたら、次の3つを確かめてみてください。
- その話を語っているのは誰か。当事者か、会社か、研究者か。
- その話を、最初に書いたのは誰か。いつ書かれたものか。
- 同じ時代の、ほかの資料と食い違っていないか。
今日の研究結果
「財布を忘れた夜」の話を、会社は今も事実として紹介し、最初の広報担当者は宣伝のために作ったと本に書いています。今回読んだ資料だけでは、どちらが本当かは決められません。
一方、同じ時代の資料から、カードを見せて後で払う仕組みはダイナースクラブより前からあったと分かります。ダイナースクラブの新しさは、1枚を別々の多くの店で使えるようにしたことでした。ただし、どのカードを数えるかによって、「最初のクレジットカード」の答えは変わります。
よく聞く話でも、そのまま受け取らず、誰がいつ最初に語ったのかを自分でたどってみると、話の見え方が変わることがあります。

