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お金の量が増えれば、物の値段も同じだけ上がる? ローマの銀貨と今の日本で確かめる
銀が10分の1になったローマの銀貨と、お金の量が5倍になった今の日本で、お金の量と値段の記録を並べる

「お金を増やしすぎたから物価が上がる」という言い方を、よく見かけます。お金の量から、物の値段を推し測る考え方です。本当にそう動くのか、お金の材料の量と実際の賃金の記録が両方残っているローマ帝国で確かめ、今の日本の数字と並べてみます。
「日本銀行がお金を増やしすぎたから、物価が上がる」「円の値打ちは10年で半分になった」。こうした投稿を、SNSで見かけたことはないでしょうか。どれも、お金の量から物の値段を推し測っています。お金の量が2倍になれば、物の値段も2倍になる、という考え方です。
日本のお金の歴史の第5回では、明治の紙幣が増えた時期に、紙幣で払う米の値段が2倍になったことを見ました。そのとき、紙幣が増えても、値段がきっちり同じ倍率で上がるとは限らない、とも書きました。
紙幣は、紙そのものに値打ちはほとんどありません。では、銀でできたお金ならどうでしょう。銀貨の値打ちは、入っている銀の量で決まりそうです。銀が半分になれば、物の値段は2倍になる。そう考えるのは自然です。
この考え方を確かめるには、お金の側の数字と、物の値段の側の数字が、同じ時期について両方残っていなければなりません。ローマ帝国の記録には、その両方があります。
銀貨の銀は、どれだけ減った?
3世紀のローマ帝国では、ふだんの支払いに、銀と銅を混ぜて作った銀貨が使われていました。
この銀貨は、はじめのころは、銀と銅がほぼ半分ずつでできていました。ところが、皇帝が銀を減らしていった結果、3世紀の後半には、銀は5%未満になりました。1%ほどしかなかったという分析もあります。数字に幅があるのは、硬貨のどこを測るかなど、調べ方によって結果が変わるためです。
| 時期 | 銀貨に入っていた銀の割合(目安) |
|---|---|
| はじめのころ | 半分ほど(約50%) |
| 3世紀の後半 | 5%未満(1%ほどという分析もある) |
銀の割合は、半分ほどから数%以下まで下がりました。 銀だけで見れば、10分の1か、それ以下です。では、物の値段は10倍になったのでしょうか。
賃金は、銀の減り方に合わせて上がった?
物の値段がどう動いたかを知るには、実際の値段や賃金の記録が要ります。そうした記録が多く残っているのが、当時ローマ帝国の一部だったエジプトです。
エジプトでは、この銀貨とは別の銀貨が使われていて、この銀貨も3世紀に銀を減らされていました。研究者のスチュアート・ロバートソンは、この時期にエジプトで人を雇うときに交わされた契約を集めて、賃金の動きを調べました。
その結果、235年から274年ごろまでの間、個人どうしの契約で決めた賃金は、銀貨の銀が減ったことに応じて上がってはいなかった、と結論づけています。小麦の値段も、銀が減っていく間に上がり続けたわけではありませんでした。同じ研究によれば、値段が大きく動いたのは、275年ごろの通貨の改革で銀貨の値打ちが決め直されたときです。その後は、305年まで落ち着いていたと分析しています。
硬貨に含まれる銀の量が大きく減っても、少なくともエジプトの記録では、賃金がすぐに同じ倍率で上がったわけではなかったのです。
物価が上がった理由は、分かっている?
エジプトの値段の記録を見ると、4世紀に入ってからは物価が速く上がり続けたことが分かっています。けれども、ローマ帝国の物価がなぜ上がったのかについては、研究者の間でも考えが分かれています。
経済史家のピーター・テミンは、銀の割合が下がったのだから物価が上がったはずだ、という推論は、間接的な証拠にすぎないと書いています。物価を知るには、銀の割合ではなく、実際の値段の記録を見るほうがよい、という指摘です。
また、ジョン・レンドンという研究者は、物価の上昇を、銀の割合や銀貨の量とは結び付けず、人々の信頼が損なわれたことに原因を求めました。テミン自身は、2世紀に帝国に広がった疫病で人が大きく減ったことを、重い原因の候補として挙げています。さきほどのロバートソンの研究のように、275年ごろの通貨の改革の影響に注目する見方もあります。
どの説がどれだけ正しいかは、ここで読んだ資料からは決められません。分かるのは、銀の量という一つの数字だけでは、物の値段がどう動くかまでは決まらない、ということです。
今の日本で、同じ2つの数字を見る
冒頭の投稿に戻ります。今の日本にも、お金の側の数字と、物の値段の側の数字が、どちらも公表されています。
お金の側は、日本銀行が公表している「マネタリーベース」という数字です。世の中に出回っているお札と硬貨に、もう一つのお金を足したものです。私たちが口座を持つ銀行も、日本銀行にお金を預けています。別の銀行の口座へ振り込むと、銀行どうしは、この預けたお金で払い合います。
物の値段の側は、総務省の消費者物価指数です。家庭が買う物やサービスの値段を、2020年を100として表した数字です。
| 2013年 | 2023年 | 倍率 | |
|---|---|---|---|
| お金の量(マネタリーベース、3月の平均残高) | 約135兆円 | 約656兆円 | 約4.9倍 |
| 消費者物価指数(総合、年平均、2020年=100) | 94.9 | 105.6 | 約1.1倍 |
この10年で、お金の量は5倍近くになりました。物の値段は、1割ほど上がりました。「お金の量が2倍になれば値段も2倍」なら、値段は5倍近くになっているはずですが、そうはなっていません。
なぜこの差になったのかは、ローマと同じく、私がここで決めることではありません。経済学者の間でも見方が分かれています。ただ、お金の量という一つの数字だけで物の値段が決まらなかったことは、3世紀のローマでも、今の日本でも、記録の上で同じでした。
財部教授の30秒チェック
「日本銀行がお金を増やしすぎたから、物価が上がる」という投稿を見かけたら、うのみにする前に、次の3つを自分に問いかけてみてください。
- 何を根拠にそう言っているか。根拠がお金の量だけなら、値段がそのとおりに動いたことは、まだ示されていません。
- 「お金の量が増えれば、値段も同じだけ上がる」という考え方を、当たり前のこととして置いていないか。ローマでも今の日本でも、記録はその倍率では動いていませんでした。
- 一つの理由だけで言い切っていないか。物価が上がった理由は、研究者の間でも考えが分かれています。
投稿が「だから今すぐ〇〇に替えよう」と勧めているなら、なおさら、この3つを考えてから決めてください。
今日の研究結果
3世紀のローマ帝国では、銀貨の銀が、半分ほどから数%以下まで下がりました。それでも、エジプトの賃金の記録を調べた研究によれば、235年から274年ごろまでの賃金は、銀の減り方に応じて上がってはいませんでした。物価が上がった理由は、銀の減少、信頼の低下、2世紀の疫病、通貨の改革など、研究者の間で考えが分かれています。
今の日本でも、2013年から2023年にお金の量が5倍近くになる間に、物の値段は1割ほどの上昇でした。金属のお金でも、今のお金でも、量という一つの数字だけでは、物の値段は決まりませんでした。

